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日本で最初の鉛筆の量産は

日本で最初の鉛筆の量産は、1887年に東京の新宿で、真崎鉛筆製造所(現在の三菱鉛筆)創業者・真崎仁六(まさき にろく)によって開始された。[8]なお、三菱財閥とこの会社は昔も今も全く関係がなく、「三菱マーク」は真崎鉛筆が最初に使用し、後から三菱財閥が許可をとり使用した。日本では長く文書を毛筆で書くしきたりがあり、鉛筆の普及は遅れた。1885年に英語教育に関する書籍が相次ぎ発刊され、同年に大量の鉛筆がアメリカから輸入された。この頃から学校では徐々に鉛筆が使われはじめるようになった。
1901年に、逓信省(後の郵政省、現在の日本郵政グループ)が真崎鉛筆を採用した。郵便局内のみとはいえ、全国に鉛筆が供給されるようになった。この後1920年までに小学校で毛筆から鉛筆への切り替えが順次行われ、一般生活に深く浸透するようになったと考えられている。

第一次世界大戦中の1915年ごろから輸出が本格化し、日本の主要輸出品の1つになった。ただし質が悪く、大戦終了後に輸出は激減する。1940年代は第二次世界大戦の影響で輸出がほぼ停止した。輸出は大戦後に復活し、現在に至る。
近年は、学齢人口の減少、シャープペンシルの利用増、ワープロ・パソコンの普及などが原因で鉛筆の需要は大きく落ち込んでいる。
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雑貨統計によれば、日本の輸出量は1950年ごろが最大で188万グロス、1997年は45万グロス、日本製鉛筆の生産高は1966年ごろが最大で962万グロス、1997年は367万グロスであった。

1998年には、労働省(現在の厚生労働省)が「事務用品の買い控えによる生産量の減少」を理由として鉛筆製造業を「雇用調整助成金の指定業種」に指定した。
徳川家康の鉛筆は、現存する日本で最も古い鉛筆で、削る種類のものである。

鉛筆は、久能山東照宮で、硯箱に入った状態で発見された。硯箱は1664年に作られた宝物目録『具能山御道具之覚』に記載があるが、鉛筆の記載はない。硯箱に入っていたことから、家康のものとされる。

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2009年12月01日 02:22に投稿されたエントリーのページです。

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